表千家茶道について

千利休によって開かれた茶の湯は400年以上にわたって表千家不審菴に受け継がれてきました。不審菴とは、利休が営んだ茶室の名で歴代の家元がこれを継承してきました。不審菴は千家の屋敷ならびに機構の全体を指し、千宗家元の号でもあります。茶の湯は「おいしいお茶をもって、客とも楽しみ心を通い合わせること」に大きな意義があると言えるでしょう。

茶の湯でいう「わび・さび」という言葉には、もの静かでどことなく寂しげな境地、あるいは色彩感を否定したような枯淡な趣を美意識として発展させたところに日本文化の独自性があるようです。「わび」という言葉の根源には「思いとおりにならないつらさ」があり、「さび」という言葉には「生命力の衰えていくさま」という意味があります。ともに否定的な感情を表わしている言葉なのですが、松尾芭蕉によって俳句など文芸の世界で通用するところに日本人独自の美意識や文化の捉え方があると言えるのではないでしょうか。その伝統は、単なる型の継承ではなく歴史の中でそのあり方が模索されて、その時代に即した新たな息吹が注ぎ込まれることにより生きた文化として伝えられていくのではないでしょうか。